スタートアップ企業上場支援の専門家に聞く(1) 最新潮流と上場までの戦略や組織の課題

2018年5月10日


昨今、雇用情勢が上向き、景気が回復してきたと言われる中で、新しい企業も次々に生まれてきています。そうした新しい企業の中で「スタートアップ企業」と呼ばれる企業群が存在します。これは、新技術や革新的なビジネスモデルを中核に持ち、一時的に負荷をかけて一気に急成長し、短期間のうちに社会へ大きなインパクトをもたらし、結果として短期間での上場等を目指す企業のことです。
こうした企業群については、政府のイノベーション政策のまさに典型であり、政策的にとても重視されています。また、今後の経済成長のキーとなる存在です。こうしたスタートアップ企業マーケットの実態や戦略、組織の課題について専門家にお聞きしました。

ベンチャーキャピタリスト 足立健太氏について

今回お聞きしたのは、ベンチャーキャピタルファンドIDATEN Ventures ( イダテンベンチャーズ →ホームページはこちら) を運営する、IDATEN Ventures LLCの代表 足立健太氏です。
【ご経歴】
理学修士、米国公認会計士(inactive)。早稲田大学理工学部及び同大学院理工学研究科卒業、専攻は物理学。大学院在学中にスタートアップ企業の役員を歴任後、㈱リクルートで、組織人事コンサルティング・商品企画・経営企画担当としてグローバルM&A等に関与、後、KPMGグループで各種M&A案件等のビジネス・財務会計面での支援を幅広く担当。その後、再びスタートアップ企業の経営をした後、孫泰蔵氏がけん引するスタートアップ支援スペシャリスト集団Mistletoe㈱でベンチャーキャピタリストとしての経験を経て2017年に独立、10億円規模のVCファンドを組成。製造業・建設業・物流業を支える技術やサービスを開発するスタートアップに特化した投資・支援を行っている。技術的案件を得意とし、財務会計・組織・制度等にも知見が深い。

スタートアップ企業と日本の情勢について

―――本日はありがとうございます。日本における、スタートアップ企業の現状はどのようなものなのでしょうか?

足立(以下、敬称略)前提として、日本は、今世界で最も上場しやすい国の1つだと言えると思います。政策的な意図の上でのものだと言えますが、そのため、スタートアップとしても、他国に比べて日本は新規上場しやすく、広い意味でのスタートアップ起業と上場ブームが続きやすい素地があると言えると思います。
そのような状況を背景にして、日本の株式市場は、国際的にも注目されています。海外のスタートアップが、上場の容易さから日本での上場を目指すような動きも生まれるかもしれません。もちろん、上場市場の選択は、上場のしやすさのみならず、事業のしやすさ等、複合的な観点から判断されますが、いずれにしても、こうした潮流を捉えるには、国際的な視野を持つ必要性も大きいと思います。

―――日本が最も上場しやすい環境だということは、一般にあまり知られていない情報だと思います。そのことの良い点・悪い点を教えてください。

足立 政策論的な話にはなりますが、よい点は、国のレベルで見た時に、スタートアップが起こりやすくなり、経済成長に繋がると思います。たとえば現在の世界の企業の時価総額ランキングの上位10社の企業は25年前には存在していないか、存在していたとしても初期段階の小さなスタートアップでした(下図)。このようなスタートアップが日本から多く生まれれば、将来的な経済に大きな影響を及ぼす可能性があるのです。

―――悪い点はあるでしょうか?

足立 上場しやすいということで、規模が小さいミニマム上場が増えやすいという実態があります。上場して得られるリターンが数億円程度ですと、上場自体の維持管理コストなどで実質消えてしまうことすらあります。株式上場は資金調達の重要な手段であり、大変重要なことですが、早く行えばいいというものでもありません。十分に社会的な価値発揮ができる状態になり、市場からの期待値も高まった上での適切な時期の上場こそが、スタートアップに関わるステークホルダーの全員にとって、最も重要だと言えます。

↑1992・2017年の世界時価総額ランキング(出典:WFE 国際取引所連合・クリックで拡大)2017年の最上位企業の多くは、92年段階、25年前には存在していないか、存在していたとしても初期段階の小さなスタートアップ企業であった。

スタートアップ企業の実態と問題になりやすい点

足立 我々ベンチャーキャピタルは、スタートアップ企業を財務面や経営ノウハウ面で支えるという使命があります。先程の、上場を目指す資本政策での適切な時期などを含め、企業の発展には、核心的な事業価値の追求だけでなく、様々な運営管理上必要なことが出てきます。こうした側面含めて、総合的にパートナーとして支えていくようなイメージでしょうか。(※ベンチャーキャピタルのビジネスモデル等は今後掲載の記事で特集します)

―――スタートアップ企業の発展について、問題となってくる経営課題について教えて下さい。

足立 問題になりやすいものの1つは、先程も説明したような、適切な資本政策や事業計画だと思います。上場までには様々なステージがあり、それぞれにおいて経営的な注力のポイントや、適切な資本政策も違い、さらに体制面でも注力すべきポイントが変わってきます。それぞれの時期のフェーズを見極めて、正しい経営判断に導くことが難しいところですね。たとえば、あまりに早いアーリーステージの段階で、事業の実態が伴っていないにも関わらず、組織の拡大を追い求め過ぎてしまうと、人件費などの管理コストがかかりすぎて、事業が行き詰ってしまいます。なるべく限られた人数の中で核心的な技術や商品を固めないといけない時期もあります。

―――経営計画を適切に構築する必要があるということですね。

足立 そうですね。スタートアップ企業の損益は、一般的にJカーブを描くと言われています。これは、中小企業の発展は、売上利益と、それに見合った投資が行われ直線的に発展するのに比較し、スタートアップの場合は、負債を見込んで準備した上での急成長を見込むためです。こうした計画を立てる難度は高いですから、我々のような外部パートナーが必要なことが多いのだと思います。
それぞれの時期において負債はどのくらいが適切で、何をKPIとして設定し、どこから経営方針を変えていくのか、組織規模はそれぞれの時期にどのくらいが適切か、どういった人材や外部のパートナーが必要か、など、様々な問題に答えを出していく必要がありますね。

スタートアップ企業の体制・組織・人事面の問題

―――組織や人事に注目した時も、様々な問題が出てきそうですね。

足立 はい、組織に注目すると、スタートアップ企業というのは特に急成長の時期には、たとえば社員数が1年で数人規模から、数十人規模、場合によっては数百人規模に増えるなどということも起こりえます。こうした時期には、人事課題への対応や組織構築の負荷が非常に大きくなります。
そもそもスタートアップの経営者は組織構築的な問題にあまり詳しくないことも多く、人事面での問題に対応があまりできていないという実態があります。また、適切な人材採用が難しいことも非常に多いです。自分自身としては、㈱リクルートに在職していた時をはじめ、こうした人の問題に関わった経験もあるため力を入れている点ですが、投入できる金銭的・時間的なコストにも限度があり、難しい問題が多いです。

―――人事的なリスクは、問題によっては企業の評価に影響したり、債務化することもあると思います。リスクへの対応も重要ですね。

足立 大きな課題だと思います。そもそも成長中の企業にとって、人件費というものは最も大きな投資の一つです。
人事・組織・体制面での課題への対応が遅れ、事業がうまくいかなくなったり、大きな整備のための負荷がかかったりし、適切な経営上の施策ができなくなってしまうこともあります。資本政策に比べ、こうした人に関する領域は、私の知る限り、ノウハウといえるものがあまりまとまっていないのではないかと思います。
スタートアップの成長ステージに合わせた、適切な人事・組織・体制面での施策のロードマップを構築することや、それぞれの段階でのリスクチェックを適切に行えるよう、知見とソリューションの整備が必要だと考えています。そうした、基盤部分の厚いノウハウの蓄積こそが、広い視野で見た時に、今後のスタートアップ企業による経済の発展のためにも、社会のためにも必要だと思いますね。
日本と世界の経済にとって重要度の高いスタートアップ企業の経営について、今後もより充実したソリューションを構築し、大きな発展を実現していきたいと考えています。
(執筆・東京都社会保険労務士会HR NEWS TOPICS編集部 松井勇策)