外国における労務管理、就職、持つべき視点:ベトナムの事例
2018年6月19日
外務省領事局政策課の「海外在留邦人数調査統計」によると、2017年10月1日現在の集計で、日本国外に進出している日系企業の総数(拠点数)は、7万5,531拠点で、前年より約5.2%増加しており、この5年間では約18%増加しています。国(地域)別でみると、中国約43%、米国約11%、次いで、インド約6.4%、タイ約5.2%、インドネシア約2.5%、ベトナム約2.4%、ドイツ約2.4%、フィリピン約2.0%、マレーシア約1.7%、シンガポール約1.6%の順となっています。
ベトナムは比較的治安が良いこと、政治が安定していること、若くて優秀な労働力が豊富であることなどから、日本企業のビジネス拠点として安定した人気を保っている国の一つとなっています。
企業規模によらず、外国と提携して事業を進めたり、外国に拠点を持ったりすることは、今後ますます増えていくと思われます。外国における労務管理をどのように捉えるか、ということは今後、あらゆる企業で重要な情報となっていくと思われます。
今回は、ベトナムを参考に、日本とベトナムの人事や労務管理の違いを特集します。ベトナムの会計事務所AGS(正式名称:A. I. Global Sun Partners JSC)の代表である石川幸様にベトナムの人事労務についてインタビューを行いました。
AGSは2008年に設立された日系100%出資のベトナム現地法人であり、ベトナム進出前調査から、拠点設立、設立後の会計・税務・法務・労務から人材紹介・総務・M&A・営業支援までワンストップで対応する総合コンサルティング・ファームです。
AGS(正式名称:A. I. Global Sun Partners JSC)のホームページはこちら
http://ags-vn.com/ja/
――本日はお忙しいところ、インタビューにご協力いただき、ありがとうございます。早速ですがベトナムの労務事情に関して教えてください。
石川(以下、敬称略)まず、労働法について言うと、日本とベトナムでの相違点(日本人経営者は日本の常識をベースに考えがち)に注意してください。日本の法令でも従業員の解雇は簡単にはできませんが、ベトナムでは日本以上に事業者事由での解雇はほぼ困難と御考えください。契約満了時での契約終了が一番円満な方法と言えます。また減給についても、日本では労働基準法の規定の範囲内で認められることがありますが、ベトナムでは違法行為となります。
ただし労働者からの「退職」は比較的多いため、人材の流動性は高くなっております。特定職のスタッフや勤務地でのミスマッチなどにご注意ください。一方、単純なワーカーを確保するのは比較的容易となっています。
なお、日本の親会社から派遣される海外赴任者は、日本では中堅クラスだったとしても、現地法人では実質トップになることも多くみられます。ベトナムでのビジネスを成功させるため、労務上の課題に対応する為にも、信頼できるベトナム人(コアスタッフ)を確保することが重要な鍵となります。
―――ベトナムに進出している企業は多いですが、ベトナムでの起業の難易度は高いのでしょうか。
石川 ベトナムは物価やコストが高くないため、日本よりも起業しやすい面があります。例えば、ベトナムでは月10万円あれば、独身者は十分生活ができます(楽ができるという意味ではありません)。人件費で言えば、例えば大卒の従業員の初任給は月額400 USD前後であり、企業の維持コストは日本と比べてかなり抑えられる面もあります。
マーケット環境については、ターゲットを間違えなければ、日系企業との競争は日本ほど厳しくありません。ただし、ターゲット選定や最適な時期の選定は間違えることもあり、必ずしも簡単ではありません。
現在、ベトナム進出(起業関係)で引き続き人気なのは、IT分野(オフショア開発)になります。これは、日本で受注した案件をベトナムの開発部隊が対応することでコスト削減する事業形態とも言えます。ベトナム人プログラマー及びブリッジエンジニア(通訳スタッフ、橋渡し役)は必要になりますが、この方法で成果を出している起業家は増えていると感じます。
―――外務省領事局政策課の「海外在留邦人数調査統計」によると、ベトナムに進出する企業数だけではなく、ベトナムに滞在する在留邦人数も増えています。ベトナムでの海外赴任者の労働条件などはいかがでしょうか。
石川 住んでみると分かりますが、ベトナムの治安はかなり良いと感じると思います(軽犯罪は多いものの、重犯罪は相対的に少ない)。また、慣れるまでには少しコツが必要ですが、生活も不便なことは相対的に少ないといえます(この10年でかなり便利になっています。経済発展に伴いまだ改善も期待できます)。大企業では海外赴任者に対するハードシップ手当※の支給も多いように思われますが、個人的には、ベトナム滞在には当該手当は必要ないと感じます。ただし、個人所得税(実効税率は日本より確実に高くなる)は、殆どのケースで補てんが必要となります。
医療機関の質と量も改善してきておりますが、日系の外科病院はほぼないため、仮に外科手術が必要な場合には日本へ緊急帰国しているケースが殆どかと思われます。
※ハードシップ手当 気候や風土、政治環境などの環境差がある場合に不便・精神的苦痛等を補填するものとして海外赴任者に支給する手当。主に発展途上国に赴任する場合に支給し、先進国へ赴任する場合には支給しないことも多い。
―――ありがとうございます。海外での就職を希望する人達に対してのアドバイスをいただけますでしょうか。
石川 仮に日本での業務経験が豊富だったとしても、海外での職務経験がないケースが殆どであります(その意味では即戦力はほぼ皆無で、OJTや環境適応は必須と言えます)。つまり、事前に身につけたり、想定したりはほぼ困難であります。必ず、現地で新しい体験に直面するはずです。そのため、過去の経歴や取得したスキルも大事なのですが、現地の新しい環境にどう適応できるかということが一番大事になって参ります(ここが挑戦すべき、面白いところでもあるのですが)。
そして、日本よりもベトナムの物価は安いため、(駐在での赴任というケースではなく転職のケースでは)日本の転職前よりも転職後のベトナム給与は額面では下がることが多いと思われます。ただし、実質的な価値(可処分所得)、海外で働くことで得られる体験や知見をぜひ大事にされると良いのではないでしょうか。逆に言えば、新しいことに挑戦できる機会や成長できる機会を評価できないと、ベトナムへの転職意義を見出せないかもしれません。成長後の機会を評価して、ベトナムで挑戦する後輩が増えることを楽しみにしています(私の場合には起業だったので、当然に、給与ゼロというか所得マイナスからのスタートでしたから)。
―――ありがとうございました。ところで日本の技能実習制度では、現在、ベトナムからの技能実習生が多いですが※、技能実習制度については、どのような印象を受けていらっしゃいますでしょうか。
石川 ベトナムでは技能実習生の送り出し機関は200以上あります。また、技能実習制度は高い人気となっていると見ています。ただし、ホーチミンやハノイ等の都市部では就職機会や進学機会も多いため、技能実習に応募する候補者は徐々に農村部の人たちになっています。
技能実習制度は、日本の技術や知識を母国に移転することが本来の目的となっております(なお、新資格制度創設のニュースがありましたので、今後の動向にも注目されたい)。しかしながら、ベトナム帰国後に、技能実習生のOB/OGが理想的な就職をすることはかなり困難な状況でもあります。すなわち、技能実習生の主な動機は、日本滞在期間中(技能実習生である期間中)に得られた賃金をどれだけ貯められるか(出稼ぎ)という面があることを日本企業の皆様にもご理解頂きたいと思います。
中には、日本企業や関係者の違法行為の報道も散見されるので、関係者の方は、これに与しないようにお願い申し上げます。当該制度だけで全てが解決できる訳ではないため(制度自体は期待できる面がまだまだあることから)、両国政府が逸脱した事例には厳粛に処罰を適応して、より最適な運用がなされることも強く期待します。
※外国人技能実習制度とは
国際貢献のために平成5年に創設された制度で、開発途上国等の外国人を日本で一定期間OJTを通じた実習による技能の移転を目的としている。
技能実習生の受入れ方法には、企業等が海外の現地法人,合弁企業や取引先企業の職員を受け入れて技能実習を実施する「企業単独型」と、非営利の監理団体(事業協同組合,商工会等)が技能実習生を受入れ,傘下の企業等で技能実習を実施する「団体監理型」がある。現在多いのは団体監理型(全体の96.4%)となっており、監理団体は海外の送出機関と連絡を取りながら技能実習生の採用や、技能実習生の入国後講習、受入れ企業の定期監査などを行う。受入れ企業(実習実施機関)では、技能実習責任者・技能実習指導員・生活指導員などを置いて、技能実習指導を行う。
2017年11月の外国人技能実習法の施行に伴い、技能実習計画の認定制度・監理団体の許可制度などの規制が設けられた反面、優良な団体に対しては受入れ人数枠や受入れ年数(最大5年)などの拡充がされている。
※厚生労働省が公表した資料によると、技能実習生を国別にみると、①ベトナム41.6% ②中国31.8% ③フィリピン10.2%の順となっている(2017年6月末時点)。
(執筆 東京都社会保険労務士会 HR NEWS TOPICS編集部 永井知子)