聴覚障がいの方と考える「働きやすさ」について
2019年9月20日
政府の統計をみると、民間企業における障がい者の実雇用率と実際に雇用されている障害者の数は年々増加しています。
(厚生労働省「平成30年障害者雇用状況の集計結果」より)
しかし、一方で採用した障がい者の定着の難しさという問題があることも事実です。約1年で、精神障がい者は約半数が、身体障がい者は約4割が退職してしまうのです。
(厚生労働省「障害者雇用の現状等」より)
今回は障がい者雇用について、実際に企業で働く聴覚障がい者のKさんにお話を聞かせて頂きました。
企業の人事担当者の方だけでなく、職場の同僚に障がい者の方がいるという方にも是非ご一読いただきたい内容です。
―――本日は、ご協力いただきありがとうございます。早速ですが、Kさんの今までの経歴をおおまかにお聞かせください。
Kさん 3歳のときに高熱が出て、それ以来聴力を失いました。家族は両親と兄、妹がいますがみな健聴者です。両親の意向もあり、ろう学校には通わず、大学までずっと健聴者の中で過ごしてきました。
大学卒業後新卒で現在の会社に入社し、入社14年目です。
昔からパソコンを操作するのが好きだったので、パソコンに携わる仕事がしたいと思い、システム系の業種で就職活動を行いました。障がい者向けの企業説明会に参加し、今の会社を選びました。
某美容系企業の情報システム部に所属し、主に社内のシステムやサーバー管理をしています。
―――ろう学校には通っていなかったのですね。ということは、家族以外の健聴者とも日頃から接してきたと思いますが、実際社会に出て、苦労したこと、困ったことはありましたか。
Kさん 入社してから知ったのですが、直属の上司以外は自分が聴覚障がい者であるということを全く認識しておらず、ちょっとしたコミュニケーションをとるのも苦労しました。補聴器をつけていないので見た目からも判断しにくかったのもあったと思います。健聴の人の中で生活をしてきたので読唇もある程度できますが、話す速度が速く、同じ説明を繰り返しお願いしたことが何度もあります。
―――コミュニケーションをとるのに大変苦労したのですね。
Kさん 今は同じ部署の人たちとはコミュニケーションはとれていると思います。でも、入社したばかりの頃は、自分だけでなく、同じ部署の同僚の方たちも、お互いどのように接してよいかわからない様子でした。
自分の耳が聞こえないことを周囲の同僚が知っているのかどうかも最初は知らされなかったので、声をかけてよいのか、自分からコミュニケーションを取ってもいいのか、悩んだことも多くありました。
―――仕事面ではどうでしたか?
Kさん 最初はとても暇でした。なぜかというと、周囲の人たちがどの程度自分が仕事ができるかわからず、自分に仕事が回ってこなかったからです。時間を持て余していることも伝えられずに日々を過ごすこともありました。
仕事を任せてもらえるようになるまで、数年かかりました。
―――どうやって仕事を任せてもらえるようになったのですか?
Kさん 少しずつ、時間をかけて仕事ぶりを見てもらうように努めました。任された仕事は完璧に仕上げて、自分にも仕事ができることを社内の人たちへ示しました。これを何度も何度も繰り返し、今では同じ部署の同僚がこなす仕事と全く同じ内容の仕事を担当するようになりました。
―――普段はどのようにしてコミュニケーションを取っているのでしょうか。
Kさん 基本はメールや筆談です。他の部署の人と打ち合わせをするときは、自分が聴覚障がい者だと未だにわかってもらえていないので、話している内容がわからないことがたくさんあります。また余談ですが、部署内でたまに開催される飲み会では、盛り上がると話すのが皆どんどん速くなるので全くついていけなくなります。自分だけ盛り下がります。
―――聴覚障がいの方には手話というツールもありますが、同じ部署の人は使うことはないのですか?
Kさん 手話は全く使わないです。
―――手話を使って欲しいと思いますか?
Kさん 使って欲しい気持ちはありますが、興味がないようなので諦めています。興味がないのに無理強いはしたくありません。興味がある、手話を学んでみたいと言ってくれることがあればいくらでも教えることはできます。ただ、仕事で使う専門用語は手話がなかったり、難しい表現になるので筆談やメールの方が早く伝わることもあります。
―――そのような環境の中で勤務をされてきたKさんから見て、現在の会社はどうですか?
Kさん 健聴者と同じように福利厚生や、会社の制度も適用されますし、自分がやりたかった職種に就けているので今はとても楽しいです。ただ、将来に向かってを考えると、給与に加えて障害年金を受給しているので現状生活は十分にできていますが、障がい者雇用で採用された人は勤続が長くても役職に就けないのでその点は考えてしまいます。
―――障がいがある人もそうでない人も、働きやすい環境を作るにはどうすればよいか、Kさんの考えを聞かせてください。
Kさん これは障がいの種類や、個人によってさまざまではあると思いますが、自分やまわりの聴覚障がいの友人は、余計な気遣いをしない、ということが結果として気遣いになると感じています。耳が聴こえないからこれはしない方がいいかな、とか、聴こえないことについてあれこれ聞かない方がいいかな、とか、そういったことは考えなくてもいいと思います。
その上で、お願いしたいことはこちらから伝えていくので、その点を理解してもらえるととてもうれしいです。
また、同じ聴覚障がいの人でも、単語をうまく理解できなかったり、単語を使って文章にすることが難しい人もいたりします。これは個人差もありますが、育ってきた環境によるものも大きいです。このことについて話すと尽きないのでここでは触れませんが、自分のような人だけでなく、いろいろな人がいることは知ってほしいと思っています。そして、その個人差はコミュニケーションを取らなければ理解してもらいにくいと思います。
―――障がい者の方が入社してくると、漠然と「守ってあげなくてはいけないのでは」と思う人も多いと聞きますが、それについてはどう思われますか?
Kさん 「守る」のではなく、「フォロー」して欲しいと思っています。
守られるばかりでは何もできないままです。何かをやっていく中で困ったことが起こったときに、フォローという形で力を貸してほしいです。
―――ここまでのお話を伺うと、きっとシンプルにお互いを「知る」ことが大切なのですね。
Kさん そうだと思います。そう考えると、自分はいつも昼休みに一人でご飯を食べているので同じ部署の人や、そうでなくても、一緒にご飯を食べながら仕事以外の雑談を、ゆっくりとした速度でできたらいいなと思いますね。もう長く勤めていますが、そういったことがほとんどないので。
―――例えば会社で月に一回、ランチ会があったりするといいかもしれませんね。Kさん、今日は貴重なお話を聞かせてくださり、ありがとうございました。
(健聴者の人と一緒にダンスを踊るKさん。舞台の下にいる「カウントマン」が示す指のカウントで、動きや音のタイミングを把握し踊っています。皆と息を合わせるために、日頃のレッスンにも打ち込んでいるそうです)
記事を読んで頂いた通り、Kさんは長年にわたり、前向きな努力を重ねてこられました。問題なく勤務できているように見える障がい者の方でも周囲にわからないその人なりの苦労があるかもしれません。また、障がいの内容によっては、その人なりの苦労をうまく伝えられないケースもあります。
これらの問題は簡単に解消できることではありませんが、Kさんのお話から障がいの有無に関わらず、職場コミュニケーションの活性化の重要性を改めて感じることができました。職場が居心地の良い場所になれば定着率や生産性の向上も見込めます。
職場ごとに様々な課題があるとは思いますが、お互いの「ちがい」を知ること、職場のコミュニケーションの活性化を図ることから、改めて障がい者雇用について考えてみたいと思います。
(執筆 東京都社会保険労務士会 HR NEWS TOPICS編集部 大塚亜弓、高橋瑞穂)