人材採用にも効果的!? 中小企業における個人型確定拠出年金iDeCoの活用方法とは
2018年8月24日
個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)は、個人が主体となって自分の老後資産を形成する制度です。2017年から加入対象者が大幅に拡大、2018年5月からは中小事業主の掛金上乗せも可能になり、その注目度は高まっています。
今回は、りそな年金研究所 統括主席研究員の谷内陽一様に、「中小事業主掛金納付制度」を用いた退職金・企業年金としてのiDeCoの活用方法についてお話を伺いました。
―――本日はありがとうございます。企業年金としてのiDeCo活用についてお伺いするにあたり、まずは、中小企業向け企業年金の現況について教えてください。
谷内(以下、敬称略) 中小企業向けの企業年金制度としては、適格退職年金が2012年に廃止になり、厚生年金基金も廃止縮小の方向に向かっていて、その受け皿は減りつつあります。
弊社は、中堅・中小企業のお客さまを主要な顧客基盤としていますが、新たに企業年金の導入を検討したいという中小企業、特に30名未満の企業さまに対しては、提供に見合うソリューションがあまりなかったのが近年の状況です。
―――中小企業が企業年金を導入する際にネックになるのはどういった点なのでしょうか。
谷内 確定給付企業年金の場合は、規約で定めた給付を約束する制度なので、規約の策定から資産運用まであらゆる責任が企業に生じます。制度運営は金融機関に委託することになるのですが、最終的な責任と委託コストは企業が負うことになります。
企業型確定拠出年金の場合は、資産運用は従業員が自ら行うため企業が資産運用リスクを負うことはないものの、企業の制度として行う以上は、規約の策定や制度運営等の実務は生じますし、従業員の投資教育も行わなければなりません。
中小企業が企業年金制度を導入しようとすると、多くの場合は、これらの手数料や事務の負担がネックとなります。
―――企業の福利厚生としてiDeCoを活用するということについて教えてください。
谷内 iDeCo自体は、「個人型」という名称の通り、個人が主体となる制度ですが、2018年5月から、中小事業主掛金納付制度(愛称:iDeCoプラス)と言って、企業が掛金を上乗せすることができるようになりました。
同じ確定拠出年金でも、企業型を「社有車」、iDeCoを「従業員の私有車」として例えると、企業型では、企業が車を購入するとともにメンテナンスも行います。それに対し、個人型では、従業員個人が持っている車に対して企業がガソリンの費用を補助するイメージです。
中小事業主掛金納付制度では、企業が従業員の掛金を給与天引きして、企業の上乗せ掛金と合算して、iDeCoの実施機関である国民年金基金連合会に納付します。
掛金額は、従業員と企業の掛金を合計して、月額5,000円以上23,000円以下となるよう、1,000円単位で定めます。
中小事業主掛金納付制度を実施するには、①企業年金制度(確定給付企業年金、企業型確定拠出年金など)を導入していないこと、②従業員が100名以下であること、などが要件です。なお、従業員数が将来的に100名を超える際には、非課税で企業年金制度に移すことが可能ですし、従業員にとっても、iDeCoは契約者が個人なので、どこに転職しても変わらず維持・継続できるというメリットがあります。
―――なるほど、確かにiDeCoは、中小企業が企業年金導入を考える際の選択肢になりますね。ところで、2018年5月には「簡易型確定拠出年金」も新たに創設されたと聞きましたが、どんな違いがあるのでしょうか。
谷内 簡易型確定拠出年金も2018年5月からできた制度で、既存の確定拠出年金と比較すると、設立するための認可申請手続きや提出書類が簡素化されました。ただし、全ての従業員を加入させる必要があることや、掛金も一律にする必要があることから、柔軟に活用したい企業にとっては中小事業主掛金納付制度の方が利便性は高いと思います。
―――中小企業にとって、iDeCoを導入するメリットってどんな点が挙げられるのでしょうか。
谷内 企業規模別の退職給付制度(退職一時金・企業年金)の実施状況をみていただくと、100名未満の中小企業でも、4分の3の会社はなんらかの退職給付制度をもっています。ただし、その多くは退職一時金制度であり、企業年金の導入率は大企業と比較すると低い状態にあります。
一方で、多くの中小企業は、人材不足や採用難に頭を抱えています。優秀な人材をどういった形で確保・定着を図るかを考えたときに、処遇・待遇の改善がひとつの有効な手立てとなります。
処遇・待遇の改善策としては、給料をあげることも選択肢としてはありますが、弊社では、中小企業のための「お手軽かんたん処遇改善策」としてiDeCoや中小事業主掛金納付制度を活用して、退職給付制度を充実させることをおすすめしています。というのも、退職金があるからといって従業員の満足度が向上するわけではないのですが、一方で、(他社はどこもやっているのに)自社に退職金制度がないとなると、確実に従業員が不満を募らせやすいからです。
また、給与や賞与で支払う場合と異なり、中小事業主掛金は全額損金に算入可能なので、財務上・税務上のメリットを受けながら処遇・待遇の改善を図ることができます。
さらに、先ほど「中小企業では企業年金導入のハードルが高い」と申しましたが、中小事業主掛金納付制度はiDeCoがベースとなる制度なので、既存の企業年金制度に比べるとコストや事務負担ははるかに軽減されているのも魅力ですね。
―――退職金・企業年金の有無は、どのくらい採用に影響すると考えますか?
谷内 退職金・企業年金の有無だけで推し量ることは難しいのですが、企業を選択する上でのひとつのきっかけになることは間違いないと思います。
特に、iDeCoを企業の制度として活用する会社はまだまだ少ないだけに、福利厚生の面で明確なアピールポイントになると思います。
中途採用においては、いまや企業型確定拠出企業年金の加入者が700万人、iDeCoも100万人いることからも、転職予備軍の相当数が確定拠出年金の資産を持っていると考えることができます。
そういったことを意識してか、近年は、求人広告に「個人型確定拠出年金制度あり」「iDeCo利用推奨」と記載する企業も数多く見受けられます。
例えば、内定をもらった2社どちらに転職するか迷った際に、転職者の確定拠出年金資産の受け皿があるかないかは、決定材料のひとつになるのではないでしょうか。
―――実際のところ、中小事業主掛金納付制度を導入するのは、どういった規模や業種の会社が多いのでしょうか?
谷内 中小事業主掛金納付制度は、今年5月にスタートしたばかりということもあり、今のところ規模も業種もまちまちですが、規模としては20~30人の会社が多いかなという印象です。
また、業種を問わず、もともと退職金や企業年金に対して意識が高い会社が多いとも感じます。
過去に企業年金の導入を検討したものの、コストや制度が見合わず導入を見送っていた企業が、中小事業主掛金納付制度の施行を待って導入したケースがあります。また、もともと大企業で企業年金を担当されていた労務担当者の方が中小企業に転職した際に、他の企業年金制度と比較検討した上でiDeCoを選択したケースもありました。
―――iDeCoに限らず、どういったタイミングで企業年金制度の導入を考える企業が多いのでしょうか?
谷内 「優秀な人材をなかなか採用できない」「採用してもすぐ辞めてしまう」といった問題に直面して検討する企業や、業績が上向きなので社員への還元を考えて検討する企業が多いように感じます。
ただ、中小事業主掛金納付制度については、まだまだ存在自体を知らないという企業の方が多く、弊社を含めた金融機関やコンサルティング会社からの制度案内を契機に導入に至るケースも今後は増えるのではないでしょうか。
―――中小事業主掛金納付制度の導入の流れを教えてください。
谷内 企業としては、制度導入について労使合意を得て、全従業員を対象とした社内説明会を開催する必要があります。従業員は、説明を受けて制度を利用するか否か意思表示を行い、新たにiDeCoに加入する方はiDeCoへの加入申込も行います。
なお、iDeCoはあくまでも個人が主体の制度なので、企業が中小事業主掛金納付制度を導入したとしても、iDeCoに加入するか否かはあくまでも従業員の選択次第です。ここまでの流れに3~4か月かかることを想定していますが、進め方によってはもっと短縮することも可能です。
―――最後に、積極的にiDeCoを推進する立場から、ひとことお願いします。
谷内 iDeCoについては、税制メリットの手厚い良い制度であるにもかかわらず、まだまだ存在自体が知られていないと感じています。また、「確定拠出年金=投資・資産運用」と結びつける方も多く、どう運用しようか半年も1年も迷って踏み出せない方も多いと思いますが、加入が遅くなればなるほど、税制メリットを享受する機会を逃すことになります。資産運用が苦手な方には、定期預金やおまかせ運用(バランス型ファンド)という選択肢もあります。税制メリットを活用するためにも、まずは始めてみることをおすすめします。
また、社会保険労務士の皆さまにとっては、iDeCoは年金としてだけでなく退職金(人事労務)としての側面があるので、今後はさまざまな局面でiDeCoに接する機会が増えるのではないでしょうか。「iDeCoなんて知らない」では済まない時代が到来するかもしれません。
りそな銀行の中小事業主掛金納付制度ポータルページはこちら
りそな銀行のiDeCoサイトはこちら
りそな銀行が運営するiDeCoの情報サイト「確定拠出年金スタートクラブ」はこちら
(執筆 東京都社会保険労務士会 HR NEWS TOPICS編集部 星野千枝)