全日本仏教会に聞く ~生き方や組織の激変の時代を、千年を遥かに超え変化し続け永続する仏教の知恵で捉える

2021年9月30日


現在は変化の時代であると言われており、特に生き方や働き方にも大きな変化の波が来ています。そんな中で、我々の社会には長く続く組織や文化があり仏教文化もその一つだと思います。長く続く流れに、何か現在の変化に対して深く参考になるものがあるのではないかと考えます。
そうした認識に基づいて、今回は日本の各仏教宗派の連合体である、全日本仏教会の戸松義晴理事長にお話をお伺いしました。

 

※トップ写真は東京都港区芝公園にある浄土宗 増上寺です。全日本仏教会事務局は宗派を超えた連合組織ですが、事務局が増上寺と隣接した境内にあることもあり、イメージとして掲載いたしました。

 

日本の仏教は変化の歴史であり、仏教とは変化の教えである

―――現在、コロナウィルス感染症をはじめ、生き方や働き方が激変する時代に入っていると言われています。本日は特に、こうした時代の組織のあり方や個人の生き方についてお聞きします。まず変化への対応ということについて、仏教の長い歴史のある智慧から学べることはありますでしょうか。

 

 

戸松様(以下、敬称略) 仏教は、日本において時代の移り変わりの中でずっと変化し続けてきた歴史を持っています。まず、日本に伝来した最初の仏教における寺院は、思想を研究する機関のような場所でした。しかし平安時代にまず大きく変化して社会的な位置づけを広げ、鎌倉時代には、念仏や禅などという形で、それぞれ仏教のある側面に特化した仏教のあり方が成立しました。こうした日本における変化の様々な面が、世界的な仏教の広がりから見てもとても独自性の高い変化だと言われています。

その後の江戸時代にも、現代においても大きな変化があります。現在は変化の時代であるということでご質問いただきましたが、仏教の歴史はまさに変化の歴史だと言えるのです。

 

―――なるほど、仏教の寺院や僧侶の方々は、時代の流れの中で変化しつつ様々な在り方をされてきたわけですね。変化するということは仏教そのものとも関わることなのでしょうか。

 

 

戸松 はい、仏教とは根本において時代の変化に柔軟に対応する教えです。諸行無常(しょぎょうむじょう)・諸法無我(しょほうむが)・涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)の三法印(さんぼういん)と言われる仏教の根本的な教えがありますが、全てのものに固定した実体はなく、そういう変化をそのままに見ることが静寂で幸せなあり方の根本であるということです。

 

働き方の変化で、テレワークを行い慣れない環境で苦労している方が多いと聞きますが、今までの働き方が良かった、という心のとらわれをまずは理解することが必要だと思います。全ては変化していくのです。そういう風に考察すれば、変化に対して柔軟になれるのではないでしょうか。今後どうすればいいのかということを見定めることも大切ですが、まず変化そのものをそのままに受け入れる姿勢を養うことが何よりも大切だと思います。

全日本仏教会事務局の入っている建物

社会的な責任と本来のあり方の2つをとらえ、変化に対して柔軟であることが大切

 

―――ありがとうございます。仏教の変化に対する智慧は、生きる上でもビジネスにおいても、極めて現代的に生かしていけるものだと感じました。

より具体的に、たとえば個人のキャリア形成も副業などが進んでおり変わってきています。企業のライフサイクルも早くなっているといわれています。こうした中で、今の時代の個人や企業は、働き方や組織のあり方をどうすればよいと思われますでしょうか。

 

 

戸松 我が国の寺院や仏教文化は、人々の生活や文化のあらゆる部分と関係を持ってきました。そのかわり社会的な責任も生まれてきました。仏教の歴史は、こうした責任と、仏教のあるべき姿の間で変化してきた歴史だと思います。だからこそそれぞれの時代で生かされてきたわけで、社会的責任と本来のあり方の間で、どうすればよいのかを捉えていくことが大切だと思います。

 

仏教の寺院が現代的なあり方に近くなったのは江戸時代です。江戸期においては、それまで人々の信仰の場所であったお寺が全国的な広がりとなり、それに伴って、人々の家の継承や生活を管理する役割が付け加わりました。その中でも、亡くなった時の葬儀の役割が現代にも継承されているのは重要なことと言えるわけです。

 

―――時代の流れの中で、受け継ぎつつ変化していったわけですね。

 

戸松 はいそうです。死の場面はとても重要で仏教の役割として重いものですが、葬儀が第一に想起されるような現代の寺院のあり方がただ一つの仏教のあり方だ、というわけではありません。仏教的な智慧を実現していくという目的と社会的な役割との間で、寺院や僧侶はどのようにあるべきかは大変重要なことです。こうした社会的な責任と、本来の目的との間であり方を考え続け変化し続けることが大切であり、時代の流れに添ってきたのが仏教の我が国における歴史だと思います。

 

社会的な責任と本来の目的を見つめることが大切だということは、企業や個人の方々にも言えることだと思います。ご自身や組織が、社会や様々な方との縁の中で負っている責任が何なのかをまずよくとらえる。その上で、自身の大切にしたいことは何なのかを見据える。このとらえ方はそのまま仏教の見方に通じることだと思います。

 

―――ありがとうございます。自身のキャリアの捉え方や判断の仕方、組織のあり方にまで適用できるようなことだと思いました。

 

「個人や命は皆、平等で尊い」という仏教の価値観は、現代の産業の新しい価値と直接繋がる

 

―――現代では、今までも話に出ていたテレワークやキャリアの変化以外にも、サステナビリティの価値ということが言われたりなど、組織のあり方や企業活動についての新しい価値観が色々と出てきています。こうした新しい価値観の捉え方に対して、仏教の立場から何か言えることはありますでしょうか。

 

 

戸松 仏教の考え方の根本に「命あるもの、一つひとつの命が大切であり、皆同じように尊いのだ(天上天下唯我独尊)」ということがあると思います。性別や人種、果ては人間かどうかにも関係なく、それぞれの命をもったものは全て貴重なものです。そして、それぞれが自己のあり方を完全に実現することができる、ということが「悉有仏性(しつうぶっしょう)」として表現される、仏教の軸になる考え方なのです。

仏教において、そういう自分の個性、一人ひとりが尊いのだ、ということを最も推し進めて象徴的に示したのが「仏」だと言えますし、そういう自分を知るということを「悟り」と呼ぶのだといえます。

 

 

―――なるほど、そういう意味合いなのですね。現代的な視点から見ても、まったく古さを感じさせない、革新的な捉え方だと思います。

 

 

戸松 こうした個人の尊厳と平等性については、たとえば現在注目されている、女性活躍やLGBTQなどは非常に適合性が高いものと考えています。それぞれの個人が完全に個性を持ち、一人ひとりが価値のある存在であり、その上で平等な存在だということですね。仏教の歴史の中で、時には守旧的な考え方や差別的な考え方が出てきたこともあると思いますが、本質的に平等な智慧があるからこそ仏教は時代を超えて受け継がれてきたのだと思います。こういった仏教の考え方はぜひ参考にして頂きたいと思います。

 


全日本仏教会機関紙「全仏」より

 

―――ありがとうございます。LGBTQ以外にも、仏教の観点に立った時に注目すべき考え方はありますでしょうか。

 

 

戸松 全ての生命を平等に慈しみ大事にする、ということも同じような「皆同じ尊いものである」という仏教の根本から出てくる考え方です。これは人間だけでなく、全ての生命に視野を向けていることになりますね。サステナビリティやSDGsの基本的な考え方と同様に「全ての人の貧困や飢餓を終わらせ、持続可能な形で地球や自然を慈しむ」という考えに直接繋がり極めて親近性があると思います。

全日本仏教会としても、仏教の根本に立ってSDGsを積極的に推進していくことを決めています。SDGsの推進は仏教にとってとても大切なことであると思います。我々、寺院や僧侶も変化し、社会に新しい価値を作り出していくことが必要だと思いますが、そういう場合の基軸になるような考え方だと思います。

 

心を見つめることの意味合い

 

―――仏教の考え方や価値観が、現代の新しい考え方に対しても、軸となるようなものであることが分かりました。他に仏教と関連性がありそうなものとして、近頃、マインドフルネスが企業の中の組織開発や、心理的にも重視されています。仏教を基盤にしたものだということですが、どう思われますか。

 

 

戸松 心をとらえるということは基本的に良いものだと思います。しかし、瞑想をして心を落ち着ける、ということが仕事の効率性のために行われたり、単にそういう場を共有することでの組織の繋がりを広げたり、ということを重視する傾向も見られますが、こういうことは少し本質からずれているのかなと考えています。

 

静かに自身を見つめることで物事の変化する本質を見つめ、心にとらわれてはならないという智慧に気づくこと、そして、変化するものだからこそ、他の人やこの場との縁を貴重なものだと思い大切にしていくこと。こうしたことが仏教における瞑想の位置づけだと思います。

 

繰り返しになりますが、変化の中で不安になったとしても、その変化自体を静かに見つめ、そこに智慧を見出していく。これが最も大切ではないでしょうか。我々仏教の側も、まさにそのようにして変わっていく必要があると思います。変化の中にある皆様と共に、ご一緒に歩んでいくことができればと思います。

 

取材をした社労士より

仏教的なメッセージの普遍性が大変印象に残りました。まさにこの普遍性があるからこそ、時代や文化を超えて継承されているのだろうということを実感した機会でした。

「全ての物事は変化し、固定的なものはなく、何かに依存していることが苦しみとなる、それを静かに見つめることが知恵である」という仏教の本質として戸松様が仰られていたことは、全く古臭くなく、また悪い意味での宗教的な雰囲気も全くなく、極めて現代的な指針になり得るものだと思います。個人の生き方においても自立と変化が求められ、組織のあり方としても、場所的にも働く方々の多様さにおいても分散していく中での指針となり得るようなものだと思っております。

また、こうした変化をそのままに見つめるからこそ他者やほかの生物が平等で貴重であることが分かり、慈しみの心が生まれるのだ、というお言葉も大変印象深いものでした。こうした見方から、現代的な価値であるSDGsやLGBTに直接繋がるということも大変納得のいくもので、これもサステナブルな発想の根本そのものではないかと思われました。
画一的であることや効率性をとにかく求めるような、機能しなくなっている考え方から次の時代へ移るために、こうした仏教の知恵に基づいた観点を持つということは現代的な意義が極めて高いことではないかと考えております。

社労士の活動場面での人事労務の整備や人事制度の構築においても、物事を見る観点や本質論から議論し、制度設計や理念浸透を行う上で、こうした仏教の知恵はそのまま生かし得る重要な視点ではないかと思われ、大変参考になるものでした。

 

仏教における寺院や僧侶の方々のあり方としての「社会的な責任と、本来の目的の間で自身のあり方を考える」ということについても、現代における組織戦略やキャリア戦略の根本に置くことのできる視点ではないかと思いました。全体として非常に本質的でありつつ先進的で、もう少し伝統主義的な色彩が強いのではないかと予測していたのですが全くそんなことはなく、産業やキャリアについてもそのままに活かせる深い知恵を頂き大変に有益な機会でした。

また、理事長の戸松様の仏教のあり方に対する語り口が、前向きでありつつ危機感に満ちたところもあるのがとても印象的でした。歴史的に極めてユニークに変化しつつ、数千年を超えて継承され、我が国の文化や思想の基盤となり先導してきた仏教には、戸松様から感じられた、本質的で先進的でありつつ変化を恐れない感性が変わらずに存在しているのではないか、ということを感じました。
そのご姿勢自体に非常に刺激を受けると共に、まさに我々の生活と文化を長きに渡って支え続ける大きな知恵の流れに触れた感がありました。多くの人が立ち返り、広く生かしていくことができる知恵の源泉なのではないかと感じております。

(東京都社会保険労務士会 HR NEWS TOPICS 松井勇策)